大屋先生は今回の検察庁法改正案は黒川氏の件とは別件と言うけれど
<追記 2020/5/11 21時>
はい、というわけで現行国公法81条の3が検察官に適用可能かという問題と、2022年以降に全検察官の定年を延長するという問題がとても重なって見えるけど別々にきちんと考えてほしいという趣旨です。で、後者についてはきちんと理解してくれと説明したけど前者には何も言っていないからそのようにね。
— Takehiro OHYA (@takehiroohya) May 10, 2020
刑事法の亀井源太郎先生の一連のツイートをリツイートした後の呟きなのでやはり定年延長(勤務延長)と定年引上げは違うであって、本記事で引用した大屋先生のお話はあくまで定年引上げの話をしていたということなんでしょうね。
これをモトケン先生が言うのはがっかりで、まず法案の組み立てから国家公務員制度一般が対象であり検察にも横並びの変更を計画したのは端的に事実でしょう。検察の特殊性から横並びでいいのかというご批判だと思いますが、それは事実として横並びであることを前提としないと成立しない。 https://t.co/MYQBrX7C93
— Takehiro OHYA (@takehiroohya) May 10, 2020
そのことを離れてご批判の内容に対しては、そういう懸念が生じること自体がおかしいとは思いませんが、そもそも法律上は任免権自体を内閣に握られているわけで、そこに役職定年延長・勤務延長というクリティカルなタイミングでしか機能しない権限を追加して何が変わるのかがポイントかと。
— Takehiro OHYA (@takehiroohya) May 10, 2020
あれ…勤務延長の話も「横並び」の対象というか陸続きという認識なんですか…?
こちらは全然ダメで、確かにこの法案は今国会(201)でも審議対象になりますが、書いた通り196国会ですでに提出され継続審議になっているものであり、内容は2008年当時に確定しています。読めばわかりますが、今国会で提出された閣法の対象である定年延長問題についての修正案や代案にはなりません。 https://t.co/ONGXffR7aE
— Takehiro OHYA (@takehiroohya) May 11, 2020
定年延長(勤務延長)の規定が今国会で提出されたことも知っているのに…?えー…?ちなみに勤務延長の規定が解釈変更以降に追加されたのは政府参考人も認めています(後述)。
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法哲学者の大屋先生が今回の検察庁法改正案について解説を書いていたのだがその一節
⑥なお65歳への定年引き上げは2008年に検討が始まり、肯定的な意見が2011年には人事院から出ています。大がかりな変更になるので関係官庁の議論がまとまったのが2018年で、法案が国会に出たのが2020年3月。特定の問題とは無関係に進んでいた話だということは確認しておく必要があるでしょう。
— Takehiro OHYA (@takehiroohya) May 10, 2020
代表してこの方にご返事しますが(すいません)、黒川氏の定年延長は既存の国公法81条の3ですでに行なわれており、それが適切か・合法かはともかくこの法案とは無関係です。この法案による定年延長は2022年から始まります(成立すれば)。 https://t.co/Wb8BYODuTq
— Takehiro OHYA (@takehiroohya) May 10, 2020
黒川氏の定年延長(以下勤務延長とする)が今回の検察庁法改正を根拠としたものではないという意味では無関係というのは正しい。ただ一方で黒川氏の件とは地続きの問題であるというのも確かではないだろうか。つまり、「特定の問題とは無関係」「黒川氏の定年延長は…この法案とは無関係」というのは「この法案は遡って黒川氏にも適用するものだ」に対する反論として”は”正しい。…まあさすがに大屋先生はそれくらいご存じだろう(著名な法哲学者だから)が、誤解する人も多いのではないだろうか。
というのも、今回の改正案は明らかに黒川氏の勤務延長の時に行った国家公務員法の解釈の「変更」を下敷きにしているだろうと思われるからだ。つまり、黒川氏の勤務延長は晴れて当時の国家公務員法・検察庁法の正当な解釈に基づいて行われたということになる法案であり条文であるように見受けられる。換言すればあの解釈を追認するという意味合いがあると言えるのではないか。
1. 今までの検察官の勤務延長についての解釈
検察庁法
第22条
検事総長は、年齢が六十五年に達した時に、その他の検察官は年齢が六十三年に達した時に退官する。
第81条の2
1 職員は、法律に別段の定めのある場合を除き、定年に達したときは、定年に達した日以後における最初の三月三十一日又は第五十五条第一項に規定する任命権者若しくは法律で別に定められた任命権者があらかじめ指定する日のいずれか早い日(以下「定年退職日」という。)に退職する。
2 前項の定年は、年齢六十年とする。ただし、次の各号に掲げる職員の定年は、当該各号に定める年齢とする。
一 病院、療養所、診療所等で人事院規則で定めるものに勤務する医師及び歯科医師 年齢六十五年
二 庁舎の監視その他の庁務及びこれに準ずる業務に従事する職員で人事院規則で定めるもの 年齢六十三年
三 前二号に掲げる職員のほか、その職務と責任に特殊性があること又は欠員の補充が困難であることにより定年を年齢六十年とすることが著しく不適当と認められる官職を占める職員で人事院規則で定めるもの 六十年を超え、六十五年を超えない範囲内で人事院規則で定める年齢3 前二項の規定は、臨時的職員その他の法律により任期を定めて任用される職員及び常時勤務を要しない官職を占める職員には適用しない。
第81条の3
1 任命権者は、定年に達した職員が前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合において、その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるときは、同項の規定にかかわらず、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して一年を超えない範囲内で期限を定め、その職員を当該職務に従事させるため引き続いて勤務させることができる。
2 任命権者は、前項の期限又はこの項の規定により延長された期限が到来する場合において、前項の事由が引き続き存すると認められる十分な理由があるときは、人事院の承認を得て、一年を超えない範囲内で期限を延長することができる。ただし、その期限は、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して三年を超えることができない。
要点をまとめるとこうなるだろう。
検察庁法
第22条
定年は、検事総長は65歳、その他の検察官は63歳
国家公務員法
第81条の2 1項職員は、法律に別段の定めのある場合を除き、定年したら退職する
第81条の2 2項<原則>
第81条の2 1項にある「定年」は60歳
<次の3つは例外>
(1) 人事院規則に定める医師や歯科医師 = 65歳
(2) 人事院規則に定める衛視等 = 63歳
(3) 人事院規則で定める特殊な官職 = 61~65歳第81条の2 3項
けど第81条の2 2項は非常勤や法律で任期が定められてる人には適用しない
第81条の3 1項条件1:定年に達した職員が81条の2第1項の規定により退職する場合
条件2:公務の運営に支障が出る十分な理由があるとき
効果:任命権者はその職員を勤務延長させられる
第81条の3 2項条件:81条の3 1項の「公務の運営に支障が出る十分な理由」が続く場合
効果:更に勤務延長できる
今までの解釈
(1) 検察官は検察庁法で定年が定められているので国家公務員法第81条の2 1項にある「法律に別段の定めのある場合」に当たり第81条の2 1項は適用されない。
(2) 検察官に第81条の2 1項が適用されないと第81条の2 2項に書かれている定年は適用されない。何故なら「前項(81条の2 1項)の定年」と書かれているからだ。よって、定年について検察庁法との整合性は考えなくてよい。
実際、人事院は検事総長や検察官の定年について「法律に別段の定めのある場合」なので81条の2 2項とは別だと考えていた。
(参考: 人事院サイト内資料「国家公務員の定年制度等の概要」)
(3) 検察官に第81条の2 1項が適用されないと第81条の3 1項も適用されない。何故なら「前条第一項(81条の2 1項)の規定により退職すべきこととなる場合」という条件があるからだ。つまり勤務延長も適用されない。
⇒ ところが、黒川氏の時にはこの第81条の3が適用できると解釈された。何故なら検察庁法は国家公務員法に対する特別法なのだから、勤務延長について検察庁法に書いていなければ一般法である国家公務員法の規定を持ってくればいいという理屈。
「前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合」はどうなってるのかな?この条件に当てはまるのであれば「法律に別段の定めのある場合」に当たらず、81条の2 1項は検察官にも適用され、81条の2 2項の定年についての定めだけ検察庁法の定年が上書きされるという意味に取るしかないと思うが政府見解はこのあたりちょっとよく分からない部分がある。
2. 改正案
それでこれどうなったと思います?さすがに長すぎるのでリンク先を見てください。
気になった点を挙げておくと次の通り。
(1) 国家公務員法おける定年・勤務延長に関しての規定は第81条の2・3から第81条の6・7にずれる
(2) 国家公務員法の「法律に別段の定めのある場合」(81条の2 1項 → 81条の6 1項)「前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合」(81条の3 1項 → 81条の7 1項)は存置される
(3) 追加された検察庁法22条2項は「検事総長、次長検事又は検事長に対する国家公務員法第八十一条の七の規定の適用については」という文言から始まる
(4) 追加された検察庁法22条2項において勤務延長の際に国家公務員法では「人事院」が関わるところ「内閣」や「法務大臣」に読み替えるよう書かれている
※黒川氏の時には勤務延長に人事院の承認が必要なのかと聞かれて政府はYesと答えていた(国家公務員法をそのまま適用するならそうなる)
(5) 勤務延長の条件として「公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として内閣が定める事由」
いろいろ気になるところはあるのだが、黒川氏との関連部分だけ。
いやまあ、黒川氏の勤務延長について政府は合法だと主張しているので「法律に別段の定め」とか「前条第一項の規定により」という規定を変えないのは分かります(自衛隊は合憲だと言いつつ違憲だと言われているという理由で改憲しようとしてるけどそれは別としてね)。ただそれはつまりこの時点で黒川以降の世界線なのだな、って。とはいえこれは変更しているわけではないのでまあ良いとしよう。
しかし、(3)は国家公務員法の勤務延長が適用されるのが当然だという前提に立っているように見える。要するに国家公務員法の勤務延長の規定を検察官に適用しないという解釈はありえんと言っているわけだ。しかも今まで国家公務員法の勤務延長が検察官に適用できないとされている根拠や根拠条文はそのままでですよ!それは感情的な解釈で「~を適用する。この場合において~」の意味に過ぎないという反論もあるでしょう。いや、それならそう書けばいいよね?結局これ通したら黒川氏の時の政府の法解釈を追認するってことになりかねないよね?違うかな。
<追記 2020/5/11 21時>
木村政府参考人 今回の国家公務員法等の一部を改正する法律案におきます検察庁法二十二条の改正案ということでございますけれども、それに国家公務員法の勤務延長制度の適用を前提とする読みかえ規定でございますとか管理監督職勤務上限年齢による降任等に相当する独自の制度についての特例規定、こういったものが盛り込まれましたのは、本年一月の解釈変更の後ということでございます。
木村政府参考人は内閣法制局の人です。とりあえず勤務延長制度の適用を前提とする規定なのは確定だろう。ちなみに小西議員のツイートが示す資料は解釈変更がきっかけで勤務延長についての規定が加わったとより明確にしているけど、この答弁でも解釈変更の後に勤務延長制度の規定が加わったという時系列なのは分かる。
そういうわけで、その意味では黒川氏の件とはと「無関係」とは全く思わない。ただ大屋先生は「特定の問題」としか言ってないのでそれが黒川氏の件なのかは断定してないんだけどね。その次の黒川氏の定年延長とは無関係というのは「遡って適用しようとしている」って意見に対する反論なのでその範囲で読むべきだとも言えるので。
ただ再度書くと誤解を生みかねない書き方なのではないかと思ったので筆を執った次第。けど、大屋先生がどの範囲で無関係と主張してるかは分からないので…。もしかしたら「この法案の条文だって黒川氏の一連の騒動とは全く無関係に作られてるよ」とおっしゃるかもしれない。そうしたら、基本的には私のような凡百の素人なんぞより大屋先生の解釈が正しい可能性の方が高いと見るべきです。何せ法の専門家ですからね。法哲学は実定法学ではないので法解釈学の専門家ではないんだけど、論文で法解釈を扱うこともあるので。まあ、憲法9条を「字義通りに読めば」の一言で済ませちゃう*1法哲学の大大大先生もいらっしゃる一方、法解釈学をテーマに1冊本を出す法哲学の大先生もいらっしゃるわけで、先生によって信用できるかどうか微妙って話もあるかもしれんけど、それは実定法学者でもたまにやらかすことはあるのでまあそんなものだよという話だからね。