【外国人労働者】 安倍首相「日本人と同等以上の賃金」答弁の意義
1. 安倍首相の発言
昨日の安倍首相の発言がニュースになっていた。
立憲民主党の逢坂誠二氏は外国人材の受け入れを拡大するための法案について、「中身が何も決まっていないスカスカの法案はきょう、あす衆議院を通過させるようなものではない」と批判しました。
そして、「日本よりも経済力の低い国から来る人も、日本人より低い賃金で働いてもらうことはないという認識か」とただしました。
これに対し、安倍総理大臣は「その人たちの出身国がどういう経済的状況であろうと所得水準がどうであろうと、日本人と同等以上の賃金でということは変わらないということだ」と述べました。
読んで字のごとく外国人労働者を日本人より低い賃金で働かせるつもりはなく、「日本人と同等以上の賃金」を要請するという内容である。この発言に対しての反応も種々あるだろう。
ざっくりまとめれば、「嘘だろう」「実現性が問題」という疑義を挟む意見から「日本人の賃金が下がる」という皮肉な意見、逆に「明言したことは評価する」といったような内容まである。
私もこれらに賛同する部分もあるのだが、どちらかと言えば安倍首相にとってはこの程度の発言はしても問題ないというのが本音ではないかと思っている。もっと言えば、官僚もこれくらい言っても何も変わらないと考えていて、この発言は前例主義に則っているとさえ思っているのではないかと邪推するところである。
もちろん当該の文脈を見なければ断定はできないが、こうした私の感覚は現行の法制度を踏まえてのものだ。
2.現行の外国人労働者制度
それでは実際に条文を見ていこう。(以下条文における下線太字は引用者)
まずは、労働法の基本中の基本である労働基準法から。
第3条
使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。
例えば外国人技能実習生も労働法により保護される*1。かつてあった外国人研修生の場合には労働法による保護はなかったが、労働者と認められて保護されるべきという裁判が下ったことがある*2。要するに使用者の指示に基づいて業務を遂行する外国人労働者は基本的に労働基準法の対象だという理解で一応良い。
つまり労働基準法の時点で外国人労働者は日本人労働者と差別してはいけないというのは明文化されているのである。
更に、もっと具体的な在留資格について書かれた省令(通称:上陸基準省令)を見てみよう。なお、省令中の「申請人」とは日本に入国したいと申請した外国人のことである。
出入国管理及び難民認定法第7条第1項第2号の基準を定める省令
法別表第1の2の表の経営・管理の項の下欄に掲げる活動
申請人が次のいずれにも該当していること。
……
三 申請人が事業の管理に従事しようとする場合は、事業の経営又は管理について三年以上の経験(大学院において経営又は管理に係る科目を専攻した期間を含む。)を有し、かつ、日本人が従事する場合に受ける報酬と同等額以上の報酬を受けること。
法別表第1の2の表の医療の項の下欄に掲げる活動
一 申請人が医師、歯科医師、薬剤師、保健師、助産師、看護師、准看護師、歯科衛生士、診療放射線技師、理学療法士、作業療法士、視能訓練士、臨床工学技士又は義肢装具士としての業務に日本人が従事する場合に受ける報酬と同等額以上の報酬を受けて従事すること。
……
法別表第1の2の表の研究の項の下欄に掲げる活動
申請人が次のいずれにも該当していること。……
二 日本人が従事する場合に受ける報酬と同等額以上の報酬を受けること。
法別表第一の二の表の教育の項の下欄に掲げる活動
……
二 日本人が従事する場合に受ける報酬と同等額以上の報酬を受けること。
もうこれくらいで良いだろう。ここに出ている「経営・管理」「医療」「研究」「教育」だけでなく、「技術・人文知識・国際業務」「企業内転勤」「介護」「技能」にも同様に「日本人が従事する場合に受ける報酬と同等額以上の報酬」という要件がある(実際にリンク先のe-Govを見てみるとよい)。
つまり現行でも、「法律・会計」*3や「興行」といった例外もあるが、ほとんどの就労ビザは「日本人が従事する場合に受ける報酬と同等額以上の報酬」が要請されているのである。
さて、最後に外国人技能実習制度に関する法律(通称:技能実習法)も見ておこう。
第9条
主務大臣は、前条第一項の認定の申請があった場合において、その技能実習計画が次の各号のいずれにも適合するものであると認めるときは、その認定をするものとする。
……
九 技能実習生に対する報酬の額が日本人が従事する場合の報酬の額と同等以上であることその他技能実習生の待遇が主務省令で定める基準に適合していること。
以前はいわゆる変更基準省令(出入国管理及び難民認定法第20条の2第2項の基準を定める省令)第1条5号において定められていたことだが、この通り技能実習生も「日本人が従事する場合の報酬の額と同等以上」が払われているということらしい。
3.日本人が受ける報酬と同等額以上の報酬
外国人技能実習制度において数々の労働問題が提起されているのはもはや論を俟たない。それでは「日本人が従事する場合の報酬の額と同等以上」とは一体どんな意味を持つのだろうか。
例えば、農業に従事する外国人技能実習生の賃金が大企業の日本人社員と比べて低いのは「日本人と同等額以上」に反すると言う人はいないだろう。では、同じ職種では、もしくは同じ業務ではどうだろうか。少なくとも負う責任やパフォーマンスによって賃金は変わるとは言える。それどころか、日本人間でも地域や職場によって賃金格差があるのも確かだ。第一、この国に同一労働同一賃金は根付いていないのだ。
こう考えると「日本人が受ける報酬と同等額以上の報酬」というのは明確なようで著しく不明瞭な基準だということが分かる。
4.結論
これに対し、安倍総理大臣は「その人たちの出身国がどういう経済的状況であろうと所得水準がどうであろうと、日本人と同等以上の賃金でということは変わらないということだ」と述べました。
安倍首相の「日本人と同等以上の賃金」は「日本人が従事する場合に受ける報酬と同等額以上の報酬」や「日本人が従事する場合の報酬の額と同等以上」と何ら変わりはあるだろうか?つまるところ「新制度は既存の制度と同じ基準で運用しますよ」と再確認しただけではないか?
そうであるならばこれはゼロ回答と呼ばれるものであって、全く特筆性のない答弁だと言わざるをえまい。
そもそも、逢坂議員の危惧が「あまり日本人が集まらない低賃金重労働の職場に外国人を充てる」という部分を含むのであれば、安倍首相の答弁はあまり回答になっていないかもしれない。今までそこまで集まらなかったとはいえ日本人も同様の待遇で募集していたわけだから、外国人も日本人と同等程度に低賃金なだけという話でしかなく「同等以上の賃金」という文言は労働環境の改善に意味を成さない。もちろん結果として労働市場における労働環境の底上げが停滞する恐れもあるわけだが。
結局のところ、既存の制度でも「日本人と同等以上の賃金」が死文化しつつあることを直視して、具体的にどのように外国人*4労働者を保護するのかという点を真摯に話し合うべきである*5――陳腐な結論だがそれに尽きる。
*1:
質問
出入国管理及び難民認定法(入管法)が改正され平成22年7月から、1年目の技能実習生への労働基準法など労働基準関係法令の適用が変わったと聞いたのですが、どのような点が変更になったのでしょうか。
回答
入管法の改正により、技能実習生は入国1年目から労働者として、労働基準関係法令の適用を受けます。
*2:(97)外国人実習生をめぐる問題|雇用関係紛争判例集|労働政策研究・研修機構(JILPT)
*3:例えば日本人の弁護士も個人事業主とされ労働基準法の埒外とされることが多い。「日本人が従事する場合に受ける報酬と同等額以上の報酬」という要件がないのはそういう事情もあるかもしれない。
*4:日本の労働環境を見るに外国人だけでなく日本人労働者を取り巻く環境についても何かしら改善しなければならないとも思うが…。